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2008年8月12日 (火)

押井ANIMEはこけおどし!(後編)

質問

押井はしょせんこけおどし。『天使のたまご』はまさに決定的証拠です。インテリ芸術家を気取った84分のマスかきANIMEでした。物語に背骨にあたるものがないだけでなく、ユダヤ教やキリスト経のシンボル図像をこれでもかと押しつけてきます。何を伝えているのか自分でも知らないと押井本人と公言しています。つまるところ「映像芸術」のすべてがある「映画」未満の作品、でした。

あれが嫌いだというわけではありません。いわゆる実験芸術系映画としては最高ランクの映像作品だと思います。だけど名前も明確な行動目的もない登場人物にくわえ、少女が眠っている間に彼女の無垢を利己的理由で打ち崩す存在としてキリスト像を持ち出したりする作品を何かの寓話として崇める気にはなれません。『天使のたまご』は映像的には類を見ないほど抜きんでているとしても、中身については果たしてどうでしょうか。もともとメッセージなぞないのだとしたら、何か訴えたい主題を内在した芸術作品と受け取っては少々ナンセンスです。『天たま』は映像作品としては存在理由が十分あって優れたANIMEではあるけれど、再見して突然「そうだったのか!」と啓示を受けるような映画ではないとなると、自分としてはこけおどし作品としか思えないわけです。

回答

前編から続く)

映画『攻殻機動隊』で押井は、人間が人間である理念的根拠の曖昧さをあれこれ主人公たちに語らせていました。「完全」な組織や有機物は柔軟性に欠けるゆえに可謬性もはらんでしまうという思想、人間による自我の認識作用と物理的身体の関係の重要性、自意識をもった知性が特定の域に達すれば独立した人格を持つ生命体とみなせる等の思弁的テーマが盛り込まれています。ただ、これらのテーマを『攻殻』というサイバーパンク警察劇以外でも繰り返しているのが押井です。『トワイライトQ』の第二話では、神は慈悲深くて全能であるとする常識的信仰を挑発的に揺さぶってきます。でもここまで挑発的な押井作品はむしろ例外です。『パトレイバー』では快活さより淡々としたペースを優先することで、何も変わらないまま進んでいく日常、ありふれた日々のなかに潜む悪を描いて終わりです。(あえて好意的に解釈するならば「実存主義的」というところでしょうか)押井作品中、屈指のミステリアスさを誇る『天使のたまご』は実験系芸術作品『めざめの方舟』と同じ血を感じます。明確なメッセージや解釈を始めから放棄した作りという点で両者は実際よく似ています。『天たま』は「芸術のための芸術」ということばがふさわしいANIMEでした。見たままがすべての作品です。『天たま』を観ると視聴者はどうしてもそこに何かテーマやメッセージを読みとろうとしてしまうのですが、むしろ夢のなかにいるような雰囲気重視の世界にシンボル的図像をばらまいて夢かうつつかよく分からない感覚を誘えればそれでよいという意図で作られています。

押井作品を「こけおどし」と呼ぶのなら、今よりもっと高尚で芸術寄りになれば「こけおどし」ではなくなる、という理屈になるはずです。しかし押井の場合はそうではないと思います。彼の大半の作品は、観客・視聴者をたぶらかして芸術的と思い込ませる下心は始めからないのです。こけおどしではなくて、むしろこけおどし作品が必死になって真似しようとするのが押井作品である、と言うべきです。スタイリッシュ、芸術系、奥深げな作品を片端から「こけおどし」と決め付けるのは大間違いですし、現代の評者がやたらと連発する悪い癖でもあります。これでは「こけおどし」と叩かれずに済むのは既に世を去った巨匠か、国際的名声のあるデヴィッド・リンチやミヒャエル・ハネケ級のごく少数のアーティストぐらいしかいなくなってしまいます。

実写映画『.50 Woman ハーフ・ウーマン』や『うる星やつら』のTVシリーズそれに劇場版第一作を観ればわかるように、重層的な映像言語を売りにしていない押井の監督作品は何本もあります。しかし『天たま』『攻殻機動隊』『御先祖万々歳!』『イノセンス』『トワイライトQ』『めざめの方舟』『赤い眼鏡』『アヴァロン』等は作家性・芸術性全開の作品でした。弱点がある作品も何本か、というかこのすべてに弱点があるとはいえ、その強い芸術性は誰もが認めるところです。こけおどしとは、芸術的価値はたいしてないのに観る側に芸術的であると思い込ませようとしている類の作品 をいいます。押井には観客・視聴者をたぶらかす意図はもともとなくて、芸術映画ぶるつもりもないのです。元々芸術的なのだから。つまり、こけおどしではないわけです。大衆向けのあまり野心的ではない作品が群れなして広がる平地と、深遠かつ意義が大きくて真に芸術的な少数の作品が暮らす高地とを結ぶ傾斜部分に生息するのがこけおどし系の作品です。そして押井の野心的作品はというと、芸術作品だけが暮らせる高みの端っこに指先ぎりぎりで食らいついているような代物どころか、大衆向けであると同時に高級アートでもあるという少数者のみに許された土地に悠然と暮らしている選ばれし存在なのです。ひとの作品を「こけおどし」と呼ぶのは、その作品が実際には強いメッセージもテーマ性もないのにそれらがあるかのように化粧をしまくっているのを非難する行為と定義できます。押井守を芸術性皆無で映画的意義も野心にも欠けると決め付けるようでは、真に中身ある映画を作っていると呼べる映画監督なぞこの世にはいないことになってしまいますが、いかかでしょうか。

Are Mamoru Oshii’s Films Pretentious?

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コメント

だから質問点はどこだよ

投稿: | 2008年8月18日 (月) 07時33分

 だから攻殻機動隊のそこらの話はしろまさの原作の時点で既に(ry
 取捨選択で、原作をシリアス方向に纏めたのが結果として良い方に
なったのは認めるが、「全て押井が考えた」みたいな評論見るとかなり
違和感ちゅうかイラつきを覚えるぞー


別に嫌いというよりは押井好きな人間ではあるけどね。

投稿: | 2008年8月18日 (月) 08時10分

俺はジョンの今回の回答には賛成だな。特に、海外の質問者向けという意味においては。

>「全て押井が考えた」みたいな評論見るとかなり違和感ちゅうかイラつきを覚えるぞー

「全て押井が考えた」というより、「全て押井が形にした」なら納得が行くかな。

投稿: パヴァーヌ | 2008年8月18日 (月) 08時33分

だいたい、攻殻に関してはシロマサがダメだ。せっかく情報生命体と人間との融合(結婚)というテーマを出しておきながら、あのマンガはなんだ?
盛り上げもカタルシスもありゃしない。俺は押井のやり方が正しいと思うし、シロマサのダメさ加減の方が目に付くのだが。

投稿: パヴァーヌ | 2008年8月18日 (月) 08時42分

>盛り上げもカタルシスもありゃしない。俺は押井のやり方が正しいと思うし、シロマサのダメさ加減の方が目に付くのだが。

連載形式の漫画と原作付きアニメでやり方が正しいとかダメとか比べるのは無理があるかと…
個人的には「全て押井が形にした」と言うより「シロマサの未完成品を押井が形にした」がしっくりくるかな

投稿: | 2008年8月18日 (月) 10時17分

原作はあえて「通」向けにしてあるんだよね。マンガ夜話で夏目房氏が「いじわるなマンガ」と評したらオタキングが「粋といってほしい」と返していたのが印象的だった。

投稿: | 2008年8月18日 (月) 11時01分

なんか僕は君達が押井を見てるのに疑問を思う。
面白いと思ってるのは本当だろうけどその本質まで見抜けてるか?
僕は君たちが非常に狭い世界に縮こまってるようにみえるんだ。

僕は1年に本を700冊読むが君たちはどうだね?
美術館には一週間に2,3回は通ってるし歌舞伎や劇や能等もよく見に行くんだ。
友人達と当時のアテネさながら哲学的議論に熱を交わすこともしょっちゅうだ。
詩も劇も脚本も未熟ながら書くし作曲もするし自主映画製作はもちろんしてる。

君達は街行く人や,色々な人間の仕草、行動を観察しなければならない。
後進国の映画だって見なきゃならない。
海外旅行にたくさん行って幅広い感性を身に着けなさい。
社会活動にも積極的に目を向け参加しなければならない。
勉強だって大学卒業してもしなければならない。
押井の作品のバックボーンである映画はもちろん政治、歴史、宗教などの広い知識を
君達がどこまで理解できてるか。はてこれ疑問を感じずにはいられない。

投稿: | 2008年8月18日 (月) 11時12分

でた!オシイオタの振りをしてオシイオタを貶す書き込み

投稿: | 2008年8月18日 (月) 11時19分

アニメや映画マンガ小説のSF設定って、こけおどし以外の何者でもない。(SF設定以外もか)
そんなことを批判対象と思うほうがオカシイ。 そこが腕の見せ所。 こけおどしの失敗を批判しろ。

投稿: g.a | 2008年8月18日 (月) 11時40分

>僕は1年に本を700冊読むが君たちはどうだね? (以下略)

普通の人は一日平均2冊も本を読んだ上でそこに書いているような生活をしていたら、仕事する時間がなくて生きていけませんよ。

あなたのような恵まれた環境にいる人の方がめずらしいですよ。

投稿: | 2008年8月18日 (月) 11時44分

コピペ改変に釣られすぎですな。
「僕は1年に本を700冊読む」でググるとわかるけど、完全なネタ。

投稿: @ | 2008年8月18日 (月) 12時32分

>僕は1年に本を700冊読むが君たちはどうだね? (以下略)

本を内容ではなく数量で捉えてるところが痛々しくてイイね。美術館通いも日課の腕立て伏せみたいなニュアンスで香ばしいね。「1日10分のエクササイズで締まったウェストがあなたのものに!」ってカンジのコピーを知性側に裏返したような文章だな。
ただ押井を観るならギリシャ哲学は古すぎるねぇ。お仲間と一緒にアテネは出るべきですヨ。

知性が、筋肉と同じ反復運動で身に付けば良かったんだけどね。まぁ回りに迷惑かけないようにね。

投稿: | 2008年8月18日 (月) 13時03分

ああ、釣りだったのか。全力で釣られてしまった。ウツダシノウ

投稿: | 2008年8月18日 (月) 13時05分

士農工商えた非人SFと言ってだな。SFは最底辺のこけおどしなんだよ。

投稿: | 2008年8月18日 (月) 13時17分

アニメでもゲームでも芸術とか言い出すとおかしくなる

投稿: | 2008年8月18日 (月) 14時23分

おもしろければジャスティス

投稿: | 2008年8月18日 (月) 14時35分

>全力で釣られてしまった。

あまりの釣られぶりにフイタ
だがイキロ

投稿: | 2008年8月18日 (月) 16時43分

> 押井の作品のバックボーンである映画はもちろん政治、歴史、宗教などの広い知識を
> 君達がどこまで理解できてるか。はてこれ疑問を感じずにはいられない。

シーザーじゃなくてもシーザーを語ることはできるんだよ(笑)

投稿: パヴァーヌ | 2008年8月18日 (月) 19時00分

で、ヂョンの「回答」も無駄に言葉を費やしたコケオドシなわけだが

投稿: | 2008年8月18日 (月) 19時54分

少なくとも、最近のしろまさは惜しいよりも遙かにダメだ!

投稿: | 2008年8月18日 (月) 20時21分

イノセンスの引用な嵐をみれば
あえて空虚さを演出する確信犯だってわかるじゃん。

投稿: | 2008年8月18日 (月) 20時27分

イノセンスのアレは電脳でコピペしまくってるだけ
他人の言葉の引用で物事を語っているという
まさしく大衆ブログ文化ですね

投稿: | 2008年8月18日 (月) 21時27分

しかもあれ
岩波文庫「古典のことば」っていう
うすっぺらい本からの引用ばっかだからなW
押井スゲーと思ったら負けというW

投稿: | 2008年8月18日 (月) 21時53分

押井の作品って後味が悪くない?

天使のタマゴでは、哀れな境遇の少女が大切にしているタマゴをこっそり盗み出して割ってしまう。ストーリーなんてないあのアニメに、どうしてそんな残忍なエピソードを入れるのか理解に苦しむ。おかげで後味がすごく悪くなった。

人狼では、陳腐な屁理屈を捏ねる上官に命令されるがまま、少女を殺してしまう。後味最悪。これは断じてリアリズムではない。押井の世界観だ。

イノセンスでも、バトーは犬なんぞを溺愛してるくせに、囚われて悲惨な境遇の少女に優しい言葉をかけるどころか、他人の迷惑を考えなかったのかと怒鳴る始末。映画を見ながらそりゃないぜと思った。映像の美しさとは裏腹に凄く嫌な感じが残った。

これが押井の本質なんだなと思った。

今の若者に伝えたいことがあるらしいが、押井にそんなものがあるのか疑問。案の定、スカイクロラにそんなものはなかった。あるとすれば「生きろ」と言うことだろうか。しかし、キルドレなんてしろもんにそれを言わせても説得力ないよね。あるいは他にメッセージがあったのか?私が気づかないだけか?ただし、映像は素晴らしかった。そこは文句なし。

エルゴプラクシーはダークSFだったけど、後味は良かった。何か希望が持てるような爽やかなうれしい気分になった。子供皆殺しの「ぼくらの」(アニメ版)にしても最後は爽やかに終わった。おかげで何度でも見られる。

押井にこういうことを求めてはいけないのだろう。こけおどしではなく、あれが本質なのだと思う。私としては映像美を楽しむだけだ。

投稿: | 2008年8月18日 (月) 22時11分

映画の攻殻に出てくる台詞のほとんどは原作からもってきたものだし、プログラムが生命体であることを主張したり、草薙と人形使いが融合するSF的面白さはしろまさが作り出したものでしょ。

原作で天使が現れるところは、テクノロジーの産物であるサイバースペースの中で高次の存在に遭遇するイメージにドキドキしたけど、映画では狭苦しい魚眼視点で喋ってるだけでガッカリしたなあ、あれじゃラストの「ネットは広大だわ」って台詞が生きないと思う。

投稿: | 2008年8月18日 (月) 22時20分

>押井の作品って後味が悪くない?

シリアスものよりもコメディものの方が
力を発揮する人じゃない。

イノセンスは、ビューティフル・ドリーマーの
焼きまわしってよく聞くけど、
ビューティフル・ドリーマーの方がぜんぜん面白いよね。

投稿: | 2008年8月18日 (月) 22時41分

「こけおどし」という評価は,監督がそもそもそれを目的にしていて初めて成り立つものであって,押井監督がそういう物を目指しているとは考えにくい.
単に「期待はずれ」とか「周囲の風評に流された」という気持ちを「こけおどし」という言葉に乗せて監督・作品にぶつけているだけにしかみえない.

と,ここまで書いて気付いたけど原文の表現だともっと違った感じなのかもね.

安部公房を「単に意味不明な文章を並べてそれっぽくしているだけ」と評している人とか,
カフカの変身読んで「後味が悪いだけで何も面白くなかった」と評している人とか
そんなのと同じ空気を感じる.
でもまぁ押井さんの映画は楽しくないからあまり好きじゃない

投稿: TM | 2008年8月18日 (月) 22時44分

↓東浩紀はこういってるな。
http://www.ntticc.or.jp/pub/ic_mag/ic018/intercity/higashi_J.html

投稿: | 2008年8月18日 (月) 23時04分

>囚われて悲惨な境遇の少女に優しい言葉をかけるどころか、
>他人の迷惑を考えなかったのかと怒鳴る始末

それはシロマサの原作の方だよ、殺される人間の事を考えなかったのかって。
イノセンスでは
壊される人形の事も考えなかったのかって怒鳴ってたw
イノセンスのバトーの中では
人形>>>>>>>拉致監禁されて精神破壊されそうな少女

投稿: | 2008年8月18日 (月) 23時28分

村上隆が若い頃に押井にストーキングまがいの事をしてたと言う話を思い出した。

投稿: | 2008年8月18日 (月) 23時33分

イノセンスは、綺麗で目がくらむような映像なんだけど、退屈なんだよな。
映画館でも寝てる人が結構多かった。

投稿: | 2008年8月19日 (火) 01時24分

>東浩紀はこういってるな。

現代思想系デンパだよ。

投稿: | 2008年8月19日 (火) 04時38分

>他人の迷惑を考えなかったのかと怒鳴る始末。映画を見ながらそりゃないぜと思った。

分かってないね。鍵はあのバトーの台詞(「人形たちのことは考えなかったのか」)ではなく、「だって人形になりたくなかったんだもん!」のほうでしょーが。

私の場合、むしろ素子がクサい台詞で二人のやりとりをまとめてしまうところで白けた。あそこは削って「行くわ」につなげればもっと少佐の内面に含みをもたせられたのに。

投稿: | 2008年8月19日 (火) 04時59分

そういう風に台詞で説明しても分からないって人が多いから、スカイクロラじゃもう重要な部分は全部ネタバレで話したり表現しちゃったりしてるんだよねぇ。
明かしてないのは映画のストーリーにあんまり関係の無い部分だけ。

そこまでしてるのに、難しい映画なんて言ってるスカイクロラのレビューがまだまだ多い。あんな明快な映画なのに。

要するに、スペクタクルが起こって、なんだかんだで一件落着。って雰囲気で終わらないと理解(納得)できないんだろうか?

投稿: @ | 2008年8月19日 (火) 05時40分

劇場版パトレイバー1作目と2作目だけだなあ
押井作品で好きなの

投稿:   | 2008年8月19日 (火) 08時21分

ジョンがえらいなと思うのは、ask johnの回答では、極力自分の好き・嫌いの部分を排除している点だ。

投稿: パヴァーヌ | 2008年8月19日 (火) 09時12分

なんだか今回は翻訳が大変そうな回答だったな

投稿: dd | 2008年8月19日 (火) 11時10分

>東浩紀はこういってるな。

読んでみました。うん、すごい。
制作スケジュールの崩壊から苦し紛れに撃ち出した施策をこんな風に解釈する人もいるんですね。

いや、その施策自体は庵野氏の天才っぷりを表してるとは思うんだけど、狙ってやったってのには無理があると思う。

予算もスケジュールも余裕があったと仮定して、やっぱり「アレ」にしただろうかっておもうんだよね。あまのじゃくな人だから「もちろんする」って答えるだろうけど。

投稿: | 2008年8月19日 (火) 12時54分

東浩紀のはエヴァの部分じゃなくて
押井の部分を見てほしかったんだけど・・・
ビューティフルドリーマーが押井のナマの思想で
その後の政治・哲学・サイバーパンク路線はやっぱこけおどしに見える。

投稿: | 2008年8月20日 (水) 00時54分

>東浩紀はこういってるな。

メタフィクションが、どうとらこうたらって語っているけど
メタフィクションの最高峰はプリンセスチュチュだね。

エヴァのようにメタ落ちではなく、主軸のストーリーに
くるみ割り人形(ドロッセルマイヤー)を乗っけて
初めからメタ展開から始まるメタフィクションアニメです。
プリンセスチュチュは、徹底的に計算されたシリーズ構成なので
完成度がめちゃくちゃ高い。

ドロッセルマイヤーは製作者の視点でアニメを見せるので
視聴者をアニメを見ているという現実に引き戻します。
ビューティフルドリーマーの夢邪鬼が好きな人なら
プリンセスチュチュに嵌るんじゃないかな。
でも、アニヲタ(萌えヲタ?)の人ってメタフィクションを
よく嫌うがメタフィクションって昔っからある手法だよね。

まぁ、メタフィクションを普通にアニメにするなら
ガラスの仮面のような劇中劇になると思う。

投稿: | 2008年8月20日 (水) 19時47分

こけおどし、はったりで思い浮かぶ人達。

中、両朝鮮、アメ。


投稿: | 2008年8月21日 (木) 08時13分

質問者は宗教的シンボルに反感抱いてるんだからはなっから無視でいい

投稿: | 2008年8月23日 (土) 13時56分

>スタイリッシュ、芸術系、奥深げな作品を片端から「こけおどし」と決め付けるのは大間違いです

そうだね、でも押井のはこけおどしだよw

投稿: | 2008年8月23日 (土) 23時46分

天たまは、タルコフスキーに世の中みんなやられちゃってた頃の作品だからなあ。
タルコフスキーにやられちゃうと、何してもタル的になるんだ。怖い。

投稿: N | 2008年8月26日 (火) 00時39分

こけおどしだったとして、それはいけないことなんでしょうか? こけおどし自体が演出の手段となり得るし、それを目的とした作品があったって構わないと思うんですが。
作家が放り投げた空っぽのメッセージから、受け手が何を感じ取るか、試されているようで面白いですけどね。そんなものはスルーしてただ映像美に酔い痴れるも良し。深読みして妄想にふけってみるも良し。作家が意図していなかった解釈が生まれたなら、それはそれで楽しい。
作家というものは、時としてそういう遊びをしているのかもしれませよ。

投稿: | 2008年8月29日 (金) 19時57分

このようなコメント欄で好き勝手に批評したところで、各々がバックボーンを明かしていないのだから、議論しようにも同じテーブルに着く事すら出来ていない。
まあそれは仕方無いとして・・・
つまらなかったとか、わからなかったとか、その程度の理由で批判・非難するのは、ちと早計ではなかろうか。
監督にはあなたを楽しませるだけの才能が無かった。それと同時に、あなたにも監督の作品を楽しむ才能が無かった。そう考えた事はないか?
自分の面が曲がっているのに、鏡を責めてなんになる。
他人のコメントを頭ごなしに否定したがる奴も御同様。

投稿: | 2008年8月29日 (金) 20時22分

ミイラ取りがミイ(ry

投稿: | 2008年8月29日 (金) 23時32分

押井作品には「もう飽きた」。
天たま、うる星BD、P2、攻殻1とかは新鮮だったが、あれからもう随分経った。
イノセンスを見て思ったのは「あんたまだそこに居るのかよ!?」だった。

投稿: | 2009年1月17日 (土) 21時49分

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