質問
「米国人にはANIMEは理解できない、なぜならANIMEは日本人に向けたものだからだ」という説を何度も耳にして、私としてはうんざりしています。日本の視聴者にしか分からないと思っていた作品が米国人にも好まれていると知って驚嘆したと語る日本のアニメーターが何人もいるとか。
外国製アートだとその国ならではの文化的なニュアンスを見逃してしまうことがあるのは理解できるのですが、ANIME狂に言わせればそうだとしても、文化の違いが妨げになってANIMEが分からないと口にする人には会ったことがありません。『ドクター・フー』(訳注 - 英国BBCで放映されている時間旅行もののSFドラマ。’63年より現在も続く世界最長のSFドラマ番組)やフランスや中国やオーストラリア、それに中東の映画でさえ、そういう声は聞いたことがありません。
仮にこうした言説を額面どおりに受け止めるとして、メイド・イン・USAの映画はどうなるのですか。実にたくさんの民族文化が入り混じるなか、そうした多彩な人々によって米国映画は作られています。となると、外国人には本当には分からないことになってしまいます。
とにかく日本人でないと本当には理解できないという説をひたすら押し付けてくるANIMEファンをどう思いますか。登場人物の人となり、それに心の揺れを視聴者に伝えるのは、何より物語の良さ次第ではないのですか。『めぞん一刻』や『ハチミツとクローバー』を観れば、自分は主人公達の立場になって物語に没入しますが、その際に日本人でないとどうしても零れ落ちてしまうものがあるのでしょうか。
最近のコメント